滝谷便りno.30

 

no.30は恒文社発売の「新潟発」田舎暮らし滝谷からに掲載されたものです。)

  2004.4.1

月兎庵・庵主 中矢澄子

山が笑った?・・・!!」

 

今年の冬は地球温暖化を体感するくらい雪が少なかった。雪好きの私は、花戯れシリーズの撮影も思うように進まず、残雪を未練がましく眺めていたが、畦の雪も解け、山歩きの道中に枯葉の下から小さな木の芽を見つけると、やっとのことで気分も一転して山菜採りにイソイソと出かけて行く。

   ある時、友人を誘って山歩きをしていると、「山が笑ってるネ!」と。 山がう???。「山笑う」は、俳句の春の季語だとのこと。 そう言われてみれば、眠っているように見えた山が、振り向けば、萌黄色の若葉を着け、春の穏やかな光を受けてキラキラと輝き始めている。様々な緑色のグラデーションの波間に、山桜が華を添えている様は、バカ笑いじゃないナ!?ウフフ・・・かな? なるほど言い当てている。

「山笑う」焼峰山の中腹

  それ以来、今まで俳句、短歌の類には関心が無かったのに、季語辞典なるものを読んでみると、自然現象を流麗に表現している言葉が、有るわ!有るわ!! 例えば、春の「 鳥曇 ( とりくもり ) 」、夏の「 ( あお ) 時雨 ( しぐれ ) 」「喜雨」、秋の「 星月夜 ( ほしづきよ ) 」「草もみじ」、冬の「 風花 ( かざはな ) 」「 寒昴 ( かんすばる ) 」等々。目から鱗・・・状態である。 なんと日本人の繊細且つ美しい豊かな感性か!と感心至極。 自然界から多くのヒントを得た日本人特有の表現は、季語だけでなく、染色名にも色合わせにも遺憾無く発揮されている。

        

日当たりの良い傾斜地に咲き誇る、カタクリの花。

これらの美しさが、日本の風土から生まれてきたことを今更ながら再認識すると、山姥とからかわれようが。スローライフを実践し、時代の先端を行っていると羨ましがられようが。店屋が一軒も無い雪深い不便な処にと、気の毒がられようが。自然界の機微を体感できる滝谷暮らしは、ますます楽しくなって来る。 その上、自然の恵みを活用できる村人が、まだ居る。 これらは、私にとって大きな財産だ。 学生時代、嫌いな科目の一つだった国語が、一気に身近なものになってきた。天体には一層興味が湧いて来た。美術に関しては自然界に勝る先生は居ない。 遅ればせながら向学心に燃えてきた。

4月に入って雪が溶けると、村のあちこちで切干大根づくりが始まる。

でも、ちょっと待った! 私だけが向学心に燃えたと喜んでいても、日本の風土に培われて生まれた感性豊かな言葉も文字も、今では、もしかすると死語に近くなっているかも知れないゾ! 今や若者は、やたらと横文字か短縮語で喋っている。その彼らが、この様な豊かな感性を持ち合わせているとは思えない。アスファルト・ジャングルに住んでいる都会人は、自然界の美しさを体感することは少ないだろうから、遠い昔に忘れていそうだ。ましてや、秋の季語で「釣瓶落し」の釣瓶など見たことも無い人が、今では日本の人口のかなりを占めているだろうと思うと、「日本人特有の」ではなく、「嘗ての日本人の」が正解かしら。 戦後50数年経った今でも、西洋文化への憧れは一向に衰えることなく、海外ブランドショップが雨後の筍のごとく増え続けている現状に、芽吹き時の滝谷で老婆心が芽吹いてきた。

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