滝谷便りno.24

 

no.24は恒文社発売の「新潟発」田舎暮らし滝谷からに掲載されたものです。)

  2003.01.10

月兎庵・庵主 中矢澄子

「雪に魅せられて」

 

ゴロゴロ、ピカッ。

晩秋に突如大きな音をたて、冬の到来を告げる雪下ろしの雷が鳴り響く。すると新潟に住んでいる人々は、「イヤア〜ね。また冬かぁ〜。」と言っては顔をしかめることが多い。が、私自身は身を引き締め「さぁー、来い。」と構えのポーズをとる。心はと言うと、「やったー!冬だ、冬だ!!」と、はしゃぎ出す。どう言う訳か子供の時から雪が大好きで、雪が降り出すと炬燵で丸くなってなどいられなかった。今でも「雪やこんこん、あられやコンコン」と年甲斐も無く鼻歌交じりに外に飛び出してしまう始末。それを家族や友人たちは、いぶかしそうに眺める。

 16年前の夏、連れ合いのUターンに伴って横浜から新潟に来た時、住み慣れた所や楽しい思い出を共有した友人たちとの別れの寂しさを埋めてくれたのは、久々に見る雪であった。醜いものも、鋭いものも、悲しいものなど、全てをマシュマロのようにフワフワした雪が優しく私を包み込んでくれた。それ以来一層雪が好きになった。

深々と雪が降る夜に外に出てみると、一年中変哲もない杉が小枝に雪を載せ、まるでクリスマスツリーの様に雪明りに照り輝いている。思わず私は子供時代にタイムスリップし、クリスマスキャロルを口ずさんでいる。また、ある時は、早朝にカンジキを履いて散歩に出かける。すると昨晩餌を求めて里に下りてきたのだろうか、カモシカやテン、ウサギの足跡を見つけては、ふと絵本作家にでもなったような気分で、いつの間にかストーリーを考え始めていたりする。またまた、吹雪の夜に運転をしていると、ヘッドライトに照らされた雪が、まるで雪女の使いのように迫って来る。その時、私は恐怖心を持ちながらも連れ去って欲しい誘惑に駆られる。とに角、雪景色はドラマチックだ。そして雪もよく見ると、初冬の綿雪から春先のザラメ雪へと季節で表情を変え、時間でも表情を変える。朝日にキラキラ輝く雪はダイアモンドの粉を振り掛けた様に華やかで、夕日に照らされた雪はサーモンピンクに染まり妖艶になる。

すっかり雪の虜になった私は、ある日、雪原を見ていると、神様が作られたキャンバスのように思えて来た。そして、このキャンバスに絵を描いてみたくなった。絵心の無い私が絵を書くと言っても絵の具で書くのではなくて、花で書こうと考えた。直ぐさま花市場に出掛け、抱えられるだけ抱えて山に直行。しかし、始めの内は何処に描けば良いのやら、さっぱり見えて来ない。あちこちの雪原に花を生けてみた。ピンと来ない。氷点下10度前後にもなる雪原では、直ぐに花が凍ってしまい花色が見る見る悪くなった。撮影の技術も拙い。これぞと思った場所に花を配置しては、夢中でシャッターを切る。ふと気付けば数時間も真冬の空の下での創作。指がかじかんでピクッともしなくなった。それでも神様のキャンバスを見ると、花を抱えて出掛けずにはいられない。そんな寒い思いまでして、いったい何を表現したいの?と時々聞かれる。

さぁー何かしら。心象風景かしら。私自身かも知れない。また季節がやって来た。

 

 

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