滝谷便りno19

(no19は恒文社発売の「新潟発」田舎暮らし滝谷からに掲載されたものです。)

滝谷との出会い

2001.9

月兎庵・庵主 中矢澄子

さて困った!

4年間、越後平野のど真ん中で草花の試験栽培の農園を造っていた私は、訳あって引越しさせなければいけなくなり、途方にくれました。その時、ふと思い出したのが、滝谷。「そーだ。滝谷に草花を引っ越しさせよう。あそこならもっとステキな農園が造れるはず」7年前、知人から「今週末、私の別荘で小さなパーティーをします。よかったらいかがですか」。それが私と滝谷との出会いのきっかけ。

 

新発田市郊外にある滝谷へは、新潟市から車で小一時間。その間、住宅街から田園風景へ。そして山の風景へと景色がドラマチックに変わって行く。集落が途切れ途切れになり、一層濃くなった緑に心細さが一段と増した頃、渓谷が見えてきます。そして赤い橋を渡って大きくカーブを切ると突然現れる集落。そこが30軒ほどの小さな山里・滝谷でした。

 

 初めて訪れた滝谷は、時代に置き忘れられたようにひっそりと佇み、どこか懐かしく、まるで田舎の母の様に暖かく、陽だまりのような里でした。その上、ゆったりと流れる時間。心地良い風。遠くに聞こえる小鳥のさえずり。私は一遍でここが気に入ってしまいました。

農園造りの土地は直ぐに見つかりました。そこは村外れの杉木立を抜けた、胡桃や柿、もみじなどが植えられた一反ほどの場所。15本ほどの胡桃の木は樹齢36年。高さは20mを優に超す立派な林。向かいの山からは絶えず風が吹き、風の通り道にもなっていて、ちょっとした避暑地気分で作業が出来そうなところも気に入り、ここで改めてガーデン風な農園を造る決心をしたのです。

 

 次の年の雪解けを待って、さぁー、農園造りの開始。冬の間考えた農園のアウトラインを頭に、いざその場に立つと、一面にキクザキイチゲが咲いているではありませんか。数週間後には野すみれが。そして蕗の塔の姿も。今まであれこれ考えていたプランは水の泡。この花たちを生かして再スタートを切ることにしました。ところが、見るからに美味しそうな黒土は草花に良い代わりに、雑草にとっても好適地。週に2,3回滝谷通いをしても、一日に出来る作業は4,5時間程度。一年経っても相変わらず草との戦い。思い余って、仲良くなった村のじっちゃんに家探しを頼んだのです。秋が過ぎ、その年も終わろうとする頃、突然連絡が入りました。間借りのつもりが、何と築130年の農家が売りに出たというのです。ワクワクしながら翌日家を見に行くと、痛みも少なく囲炉裏まであるどっしりとした建物。恐る恐る値段を聞くと、これが信じられないことに、建物が古いのでほとんど土地価格同然。思いもかけず家持になった私は、早速家に名前を付けることにしました。いくら安かったとは言え、私にとっては大きな買い物です。そーっと通帳を覗く。残高は限りなく0に近い。これから家の修理と農園造りに出費がかさむ事は目に見えています。そこで、人も、物も、仕事もGETできます様にとの願いを込めて、この家を「月兎庵(ゲットアン)」」と命名し、私は庵主に収まったのです。

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