滝谷便り no.13

00.1.22

月兎庵 庵主 中矢 澄子

おっか様のがんじき

 

お変りありませんか

滝谷は年末半ばからすっぽりと雪に包まれて、まるで冬眠に入ったように静まり返っています。しんしんと雪の降る日などは、ここ滝谷の月兎庵に佇んでいると今では作者の名前を思い出すことはできませんが、子供の頃に好きだった「太郎の屋根に雪積みて、次郎の屋根にも雪積みて・・」と言う一遍の詩を思い出し、あの頃の感受性豊かな自分に帰って行くようで、どんどんと空想の世界に入ってはゆったりと流れる時間を楽しんでいます。野良仕事も出来ない雪国の贅沢な時間。なぜか私は雪が大好き。確かに寒くて子供の頃はしょっ中、手はかじかむし、霜焼けにはなるし・・。でも、学校から帰ると、さっそくランドセルを下ろし父が作ってくれた手作りのソリやスキーを担いでは河原の土手や裏山に出掛けて、日が暮れるのも忘れて遊んでいました。気が付くと長靴に雪が入り、これが冷たいのなんの・・指先が切れてしまいそうで、足の指を丸めてトボトボと帰っていくのです。その時はまるで小公女の気分。鼻をすすりながら半べそかいて・・が、しかし、家に辿り着くとだるまストーブが真っ赤に燃え、愛犬シェパードのアルがお出迎えしてくれました。だるまストーブを囲んで家族の団欒。外の寒さが身に凍みるほど、家の暖かさが心に染みた一コマひとコマ・・・取り分け炬燵に入って食べた蜜柑の味。食後の一時、せっせと編み棒を動かす母の姿。年越しそばを打ってくれている父の姿。モノクロ写真のように思い出される遠い日々。

 

いつの間にかそんなことも忘れ、いっちょまえの現代人風を装っていたら、先日庄屋様の杉原さんから「がんじき」が届きました。「がんじき」ハテなんだろう・・聞くと新発田の昔からのお菓子だそーです。

慶長三年に加賀の国から伝わって、当時は武士階級の人しか口にできなかったものが明治に入って庶民の口にも入るようになったとか。溶かした水飴と飴に砕いたクルミを混ぜ、海苔の上に伸ばして固まる前に巻いて、蒲鉾型にしたものを5ミリ巾に切ったものでした。砕いたクルミが岩に似て、切った姿が半月に似ているところから始めは岩月(がんつき)と呼ばれていたそうです。それが新発田訛りで「がんじき」と呼ばれるようになったとか。

 

さっそく、御相伴。おっと、そのままガリッといくと歯がポロッと行きそう・・・注意注意要注意!!慌てずお上品に先ずは手で割って・・あ〜ん、パクリ。うん美味し〜いB海苔が効いて何とも言えない懐かしい味なのです。どこか母親の手作りと言った風なほんわか暖かな味。ヤバイはまりそー、あ、あ、あー後引きそう・・。

身の危険を感じた私はさっそく持ち帰って、姉役のトロンコと妹役の由美ちゃんへおすそ分け。そー言えば、以前由美ちゃんが月兎庵に遊びに来てくれた時に新発田の銘菓だと言ってお土産もらったんだった・・。イヤイヤ由美ちゃんには悪いけど、おっか様の作ってくれた「がんじき」の方が美味しいナ〜。

 

このおっか様、遠うに70は越えてるはず。庄屋様のおかかなので村人から「おっか様」と様付けで呼ばれているが、気さくで朗らか。そして、何よりも花好きで頑張り者ときていて、70うん才になった今も読書を欠かさず、手芸は大好き。10年前に連れ合いを亡くしてからも13部屋もある大きな家を一人で切り盛りしていて、畑仕事から庭の手入れ、挙げ句の果てには冬囲いから屋根の雪下ろしまで何でもござれのスーパーウーマン。直ぐに手抜きをしたがる私にとっては全く頭の上がらない存在なのです。そのおっか様が言うことにゃ、「雪国で暮らす女は強くなくっちゃね。愚痴を言うと、その愚痴身にかかって来る。こんな空気の美味しいとこに暮らしていると、元気は出るし、四季折々することあって、こんな婆でも人が来る・・・退屈知らずで幸せ者よ」と。うんうん、そーだ、そーだ。まったくだ!!どこか母に似たおっか様、いつしか私はお慕い申し上げてます。不甲斐ない私ではありますが、どーぞ末永くお付き合いを。と心で言って、せいぜい爪の垢でも飲ませて頂くことにしています。だって、あんなにステキに齢を重ねて行けるんですもの。おっか様に会うもよし、一食の価値あり「がんじき」をた〜んと味わってみなせや、滝谷で。

では、また。

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