滝谷便りno.5

‘99.8.13

月兎庵 庵主 中矢 澄子

月兎庵開き

 

皆さん、元気ですか〜。残暑お見舞い申しあげます。

暑い暑いと言いたくないけど、本当に今年は暑さがこたえます。なんたって、新潟は21日間雨が降らないで、やっと2日前待望の雨が降ってくれましたが、そろそろ水争いが始まる気配です。今どき水争い?とおっしゃる方もおいででしょうが、そーなんです、江戸時代から続いている、あの水争いです。

 ノー天気な街生活者の私は、月兎庵を持って始めて「水争い」と言う言葉が

自分の身に降りかかってきそうになりました。春先にあんなにごーごと流れていた庭先の疎水が、今ではほんのチョロチョロしか流れていないのです。こんな状態では、田圃に引く水が無くなり鍬、鎌持っての争いが始まってもおかしくありません。が、そこは滝谷・平家の里。皆さん上品な人達ばかりなので争うことはしないで、1時間ごとに水路の栓を順番に開け閉めして水を引き込むそうなのです。引き込むと言っても、山あいの里なので余り田圃はなく、各家々の鯉を飼っている池に水を引き込むのです。何やら鯉を飼っているなどと言えば、とても優雅な風景を想像されることでしょう。ひょうたん型の池があったり、丸型の池があったりで、それぞれの家の庭は日本の庭を絵に描いたようにステキです。しかし、これは、ただステキだけのものではなく、山里に住む人の知恵の庭なのです。長い冬でも身近にタンパク質を確保する為に鯉を飼っていることを知った時は、「う〜ん、これぞまさしく用と美が合体した日本の美だ!!」と感心してしまいました。幸か不幸か、月兎庵は優雅な池など無く、あるのは蛍の餌になるニナが育つくらいの小さな小さな窪地くらいなので、1時間ごとの水路の栓開きもしないで、のほほんと過ごせる訳です。

 先週末、9月からネパールに転勤してしまう東京の友人が月兎庵を訪ねてくれました。名前は亀ちゃん。亀ちゃんは、3月まで2年間新潟に単身赴任していて、時折、私の友達と一緒にお酒を飲んでいました。その時の仲間で亀遊会(かゆうかい)を作り、この日は亀遊会のメンバーも集まってくれました。総勢6名。月兎庵の始めてのお客様です。

腕が鳴る鳴る頭が冴える私は、家を買って半年以上経つと言うのに、お世話になっている滝谷のじっちゃんやばっちゃんを、いつまでも月兎庵に招待出来ないで肩身の狭い思いをしていました。チャンス到来とばかりに、月兎庵開きを考え付いた次第です。さっそく、隣の栗原さんのおじさんに、孟宗竹の手配を持ち掛けたところ、いとも簡単に引き受けてくれたのです。それも他人の竹薮なのですが、一言声を掛ければOKだなんて、何ともおおらかで益々滝谷に惚れてしまいました。月兎庵から2名の男衆を出し、近所の竹薮に出かけました。あっと言う間に5m程の立派な孟宗竹を切り出してきました。もうお分かりですか?そーなんです。そーめん流しをやろうと考え付いたのです。幸いなことに月兎庵はそーめん流しをするのに一番大事な「水」があります。それも冷やっこくて、うんめえ沢水が水道の蛇口をひねるだけで、ジャンジャン出てきます。それに、薬味になるミョウガは庭で採り放題。シソやねぎは畑で摘み放題、抜き放題。

さて、切り出した竹は半分にナタで割って節をとり、春先にもらった欅の丸太に設置し、よしずで日除けのインスタント屋根を掛けて準備完了。後は村の人達に声を掛けて明日を待つだけになりました。

 流しそーめんの準備や網戸を付けたりしているうちに日が西に傾いて来て、夕げの準備を始める時間になりました。今日のメインディシュはご飯前日に仕事で入広瀬に行った私は、しっかりと魚沼のこしひかりを買ってきたのです。

と、言うよりも、魚沼産こしひかりを買う為に仕事を入れたと言ったほうが正しいかもわかりません。一度魚沼産こしひかりと滝谷のお水でご飯を炊いてみたかったのです。想像以上のおいしさでした。ふっくらとして、うまみがあって…。以前同じ米を家でも炊いたのですが、格段の相違でした。改めて「水」の大切さを、身を持って感じた夕げでした。副采は旬の黒崎の朝採り茶豆に佐渡の烏賊の一夜干し、十全なすの漬物、畑で採れた野菜のサラダに冷やっこ。そして、友達が差し入れしてくれた あんきもに、もずくの酢の物。ほとんどが新潟の夏の定番メニューでしたが、この日はテーブルを庭に出し、蝉しぐれと蛙の声をBGMに満天の星空を眺めながらの食事でしたから、三つ星レストラン以上の至福の食事でした。

夜が更け、天の川が月兎庵の屋根を横切り始めたころ、松明風なキャンドルで照らされた庭を舞台に友人が能を舞い、幽玄の世界に遊び、せんこ花火に

幼子のように興奮し、満天の星空を仰ぎ見ては悠久の時に思いを馳せ、この上ない至福の時を過ごし夜の帳がおりました。

 シーンと静まりかえっている滝谷の夜。突然ガラスが割れんばかりのゴー・・・ゴー・・・と言う爆音が鳴り響いて来ました。何事が起きたのかと飛び起きると、その音は奥の6畳間から聞こえてきます。そこは夜這いをしないように?と、男二人を詰め込んだ部屋なのです。耳を澄まして聞いてみると、どうやら金太郎さんに似た力持ち進さんのイビキのようです。しばらくすれば鳴り止むだろうと様子を伺ったのですが、昼間の労働がきつかったのでしょうか、気分よくお酒を飲み過ぎた所為でしょうか、一向に止む気配がありません。これじゃー、山男の亀ちゃんも眠れないだろうと、とろんこが亀ちゃんの救出作戦に出ました。まさか逆夜這いをされたと思ったかどうかは分かりませんが、肩をトントンと叩かれるや否や、亀ちゃんは直立不動になったそうです。そして、こともあろうに、とろんこは女4人が寝ている部屋に案内してきたではありませんか。いくら男だ、女だと意識しない仲とは言え、いき過ぎです。いつもは、ひょうひょうとしている亀ちゃんも、これには面食らって、しばしウロウロしていました。ようやく囲炉裏のある部屋に案内し、金太郎・進さんの寝ている部屋の板戸を閉めて、皆がスヤスヤ眠りに就いたのは、東の空がうっすらと白み始めたころでした。

 

コーンコーンとキツツキのモーニングコールで目を覚まして外に出てみると、

ひんやりした大沢風(滝谷特有の沢風の呼び名)が吹いていました。光は周りの木々を貫けて緑色に輝いていました。新潟市と差ほど高度が変わらないのに、まるで高原の朝のような爽やかさです。思ってもみなかった福音に感謝しながら、モーニングコーヒーを点ててみると、これが、また、美味しいこと、美味しいこと。滝谷名物・月兎庵コーヒーを名乗ってもおかしくない位、美味でした。オープンサンドとコーヒーの軽い朝食をゆっくりと取った後は、遅れて駆けつけた主人も加わって、手分けして、いよいよそーめん流しの準備です。部屋を掃除する者、薬味を庭に採りにいく者、そーめん流しの舞台をつくる者、そーめんを茹でる者。私は声の掛け漏れがないようにと、もう一度村のじっちゃん、ばっちゃんに声を掛けてまわりました。しかし、時計の針が12時を指したのに、誰ひとりやって来ません。普段あんなに親切にしてくれているのに、まだ私は滝谷の住民として受け入れられてはいないのかしら・・・・・とちょっと不安になってきました。が、その時、バイクの音を響かせてやって来てくれたのが、例の阿部じっちゃんです。声を掛けた時は、あんなに遠慮してたのに、一番乗りで駆けつけてくれました。 さすが阿部じっちゃん!!おまけに月兎庵開きと聞き、お祝いのお酒まで携えて来てくれました。阿部じっちゃんは、この月兎庵を世話してくれた大恩人。誰よりも祝って欲しかった人が一番乗りですから、私の喜び様は御想像どおりです。そうこうしている内に、阿部ばっちゃんに左隣の栗原さん、右隣の栗原さん、庄屋様の杉原さん達が次々に駆けつけてくれました。気楽に来て欲しいと思っていたので、前々からは声を掛けていませんでした。にも関わらず、それぞれの手にはお土産がぶら下がっていました。お店が一軒もない、滝谷ですから皆さんに負担を掛けてしまったのです。声を掛けていなかったら、もしかしたら、食後に自分一人で食べようとしていたスイカだったかも知れません。もしくは、来年の夏まで食べようと貯えていた漬物だったかも知れません。とにかく何だか申し訳ない気持ちになりましたが、皆さんのおもたせも加わって、盛大にそーめん流しが始まりました。

 さあー、そーめんも上手に茹で上がりました。竹筒に流し始めましたが、何たって始めての体験。はじめ水加減が分からずに、勢いよく水を流していました。すると、狙いを定めていても、そーめんはアって言う間に箸の先をくぐり抜け、まるでウォータースライダーの様に終点のザルの中に入って行き、そーめんの山が出来てしまいます。ぼやぼやしていたら何時までたっても口には届きません。すると誰かが、「水はチョロチョロにして〜」と叫びました。すると、今度はどんぶらこ、どんぶらこと、そーめんの山が流れて来ました。またまた一度にすくえきれずに、ザルの中には見る見るうちに、またまたそーめんの山が出来上がってしまう始末。ようやくコツが分かった頃には、みんなのお腹はパ〜ンパン。

おまけに、せっかちな人が流し手に周ったりすると、食べている方はまるでブロイラーになった様な気分です。

あーでもない、こーでもないなどと、ワイワイガヤガヤと誠に賑やかなそーめん流しも皆の笑顔と共に無事終了し、日差しが一段と強くなったので庵の中で雑談の続きをすることにしました。

滝谷の人達は、日頃は小さな畑をもくもくと耕したり、蒔きをもくもくと割ったりして、いかにも山村の村人そのままですが、ここは滝谷・平家の落人の里。話を聞いていると村の人達は一同に歴史にはメチャメチャ詳しく、特に鎌倉時代のことになると、社会科の先生など歯が立たない位に阿部ばっちゃんさえ、つらつらと話をしてくれて、まるで歴史家のようです。右隣の栗原さんは、若い頃は近くにある石灰石鉱山に勤めていて、地質や鉱物に詳しく、2億、3億年前の話が飛び出して来て、これまた鉱物学者と思えるほどでした。一人ひとりが木のこと、植物のこと、動物のこと、川のこと等など・・しっかりとレクチャー出来る専門家揃いで、思わぬところで私達は夏季合宿の生徒となった次第です。

 

月兎庵開きも終焉を迎え、昨夜に続いておめでたい席と言うことで、友人が「羽衣」を囲炉裏の間で舞ってくれました。その時、滝谷の人達が姿勢を正した真剣な眼差しが今でもハッキリと脳裏に焼き付いています。新潟に帰って来たわたしは、直ぐに友人に来年の舞をお願いし、松明風キャンドルを買いに車を走らせました。月兎庵の「夢&遊び」プログラムに、また一つメニューが加わって、来年の8月には、庭いっぱいに松明を立て、またまた幽玄の世界に遊泳できそうです。

皆さんも、お出かけになりませんか。待ってます。

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