月兎庵田舎暮らし 

 

2011年7月・8月

 

8月27日(土)晴れ 「夏再び?」

暑い日差しが戻ってきた。 しかし前の暑さと違う。 山から下りてくる風は秋の気配をはらみ、クズの花の甘い香りを連れてきた。 扇風機を回さなくても部屋の隅々まで涼しさを運んできてくれている。 お蔭で原稿書きが一気に進んだ。 庭に出ればキンミズヒキと赤いミズヒキがリズミカルな線を描き、庭の片隅には初秋の日差しをいっぱいに受け止めたナツズイセンが夏の終りを告げるように咲いている。 涼しくなった所為か庭の畑の夏野菜も元気になった。 今日の収穫はキュウリ3本、ゴーヤ2本。

 

 

8月21日(日)時折霧雨 「涼しさで一息ついて」

昨日から嘘のように涼しくなった。 窓を開け放して寝ていると寒いくらい。 涼しくなって、ようやく草刈りをやろうという気になって庭の草刈りをした。 隣り村の田んぼは穂が出て黄色味をおびてきた。 後半月もすれば稲刈りだ。田んぼを見続けていると季節の巡りの早さを感じる。 先日、県内で一番早い稲刈りが行なわれ放射能検査も行なわれた。 大丈夫!とのことだった。 

 

 

8月16日(火)くもり 「飯豊川」

立秋が過ぎて朝はとても涼しくなってきました。 夜明けも今では4時半頃ですから、早朝撮影も一時より楽になりました。 と言っても、たまにしか出掛けませんけど・・・。 新焼峰橋から川を眺めていると鷲らしき鳥が杉の木に留まりました。 トンビかも。 カワセミが上流に向かって飛んで行きました。 ヘボイ私では撮れませんでした。 そうこうしていると山の田んぼに向かう庄三さんとバッタリ。 夜が明けたばかりなのに、イヤハヤ働き者です。 

水の無い飯豊川を眺めながら、「昔はこんな黒い石なんか無かったもんだし、水ももっと綺麗だったしね」と、庄三さんの子供の頃の川の話しを聞かせてくれました。 東赤谷から加治川治水ダム湖までの間には幾つものダムがあります。 それらのダムで水を堰き止めているので、水は少なく、川の石には藻がはり付いています。 自然を変えるのは、やっぱり人間なんですね。 

ちなみにこの飯豊川、今では加治川と呼ばれています。 住民達が慣れ親しんだ呼び名が、ある日突然変わったのです。 お役所仕事です。 奥山にある湯平(ゆのひら)温泉のことを「ゆのたいら」と書かれた看板が、ある日突然立ちました。 湯平温泉のファンや元住民たちが猛烈に反対して、この件は「ゆのひら」と改められました。 加治川も飯豊川に戻らないかなぁー。(本来の加治川は内の倉ダム湖手前から)

 

 

8月13日(土)晴れ時々くもり 「お盆」

今日も気温は30℃を越え湿度も高く、ちょっと動いただけで汗がドーッと流れ冷房慣れした体にはこたえます。  

    

夏休みと盆休暇が重なり滝谷森林公園のキャンプ場は賑わっていました。 網を持った子供。 どんな虫を捕まえられるかな? キャンプ場ではノースリーブの女性たち、上半身裸の男性たちの大宴会が。 アブの餌食にならなければと按じますが、知らぬが仏とはこう言うことを言うんですね。

 

お盆に入って今日は迎え火。 夕方近くになると盆ぼんぼりを持ってお墓参りに人がやって来ます。 昔は盆ぼんぼりに火を灯したようですが、今では飾るだけになっています。 新発田の街のお寺では今でも火を灯しているとか。 さぞや幽玄でしょうね。 一度見に行ってみようかな。

       

8月9日(火)晴れ 「オーバーワーク?」

このところの室温は朝25℃、日中31℃。 一日の気温差6℃の中で過ごしていると何となく体がだるくなる。 日中には思考力がなくなる。 こんな時は昼寝に限ると思うのだが、昼寝の習慣のない者にとっては都合よく眠れないものだ。 日差しが弱くなってから庭の草刈りを始めた。 アッと言う間に作業服は汗でぐっしょり。 半分まで終わったところで空を見上げると夕焼け雲が。 猿もお隣りの屋根で。 今日の作業はこれにて終了。 

山に篭もるとやらなければいけない事、したい事があり過ぎてついついオーバーワークになってしまう。  

 

   

 

8月8日(月)晴れ 「早朝」

日が照る前にと散歩へ出掛けた。 たっぷりと朝露が降り、蝶々もトンボもまだ羽が乾いていないから良い子でモデルに納まってくれる。

     

ミゾカクシ。         ベッコウハゴロモの幼虫(上下)と成虫(中)

 

キゴザエンのばっちゃんが冬野菜の種蒔きの準備をしていた。 「これ持って行くかねぇ」と、オクラにナス、キュウリをもいでくれた。 もぎ立ての野菜は何よりも嬉しい贈り物。 日が照り始めたらサッサと片付けて帰ってしまった。 田舎を訪れた人から「田舎には人が居ないね」と聞くけど、夏の野良仕事は早朝と夕方にしかやらない。 日中は家の中の片づけか、体を休めているからね。 

 

8月7日(日)晴れ 「蕎麦の種蒔き」

美味しい蕎麦を食べる為には暑い季節に種蒔きを。 熱中症になりそうだ、と、皆さん水分補給に余念が無い。 種蒔きだけはサマータイムを採用したいと思いつつ、今年も言い出せなかった。 4時から作業を開始したらどんなにか楽だろうにと、いつも思う。

 

 

久々の滝谷入りだったので蕎麦会メンバーを見送った後に加治川治水ダム湖まで出掛けた。 途中のトンネルは昔汽車が通っていたそうだ。 その頃の痕跡がトンネルの天井にある。 煙の跡を眺めていると、見てもいない東赤谷の鉱山の賑わいが伝わってきた。

 

加治川治水ダム湖の後は、滝谷=内の倉間の林道を走った。 最近はほとんど車が走り抜けていないのか、道端の草が余にも勢力を伸ばして林道が一段と狭くなっていた。 一瞬不安が過ぎったがそのまま前進。 前進するほどに不安が大きくなった。 先日のゲリラ豪雨で砂利道がえぐれていた。 やっとの思いで通り抜けて、ふと振り向くと、空には夏雲と秋雲が同居していた。 そう言えば、明日は立秋か。 

   

 

8月6日(土)快晴 「新潟まつり二日目」

新潟まつりは、住吉祭、商工祭、川開き、開港記念祭の4つの祭りを一つにして昭和30年に第一回目がスタートしたそうです。 今日二日目は港の安全祈願の住吉祭。 お神輿が信濃川を渡る、水上渡御が行なわれました。

万代シティー交差点を出発した神輿は、万代島運河の水産物物揚げ場で船に乗せられ、新潟港を廻って、信濃川の左岸で降ろされ、その後新潟の繁華街古町(今は衰退の一歩)のある新潟島を練り歩きます。 今日は神輿行列の他に新潟の芸者さん、舞妓さんを乗せた山車や子供たちのお囃子(樽きぬた)の山車や新潟の旦那衆を乗せた山車も出て、市民神輿にキラキラパレードも行なわれ、街は行列一色に染まります。 新潟まつりの中では市民に一番親しまれている祭り日です。 恥ずかしながら水上渡御は、新潟に来て26年になりますが初めて見ました。 大漁旗が はためく港の風景はいいもんですね。 明日最終日は信濃川で打ち上げられる花火大会ですが、祭りに浮かれている のは今日まで。 明日からは山に篭もります。

 

放水船の放水を合図に水上渡御のスタートです。

普段は信濃川のジャリを乗せているジャリ船も、今日は豪華に飾られ御船に。

港から信濃川を上がってくる一群。

それぞれの船にはお囃子の人達が乗り、航行中賑やかなお囃子が鳴っています。

無事到着。神輿も降りてきました。

8月5日(金)快晴 「新潟まつり」

今日から三日間の新潟まつりが始まった。 一日目の今日は民謡流し。 新潟駅から新潟市のシンボル萬代橋も含めて海に向かう一直線の新潟市の幹線道路を通行止めして行なわれる。 今年は122団体、約1万3千人が参加する大民謡流しだそうだが、何故かこの民謡流しは市民には実に不人気だ。 10年ほど前だったか、民謡流しを土曜日に行なった年がある。 するとその年は参加人数が激減した。 要は市民中心ではなく企業中心で、ほとんどの参加者が借り出され組だから、休みの日にまでわざわざ出たくないとの理由。 それ以降は金曜日に開催されることになった。 お役所は日本一の大民謡流しとうたっているが、スケールなんてどうでもいいように思う市民は益々関心を持たなくなっている。 折角のまつりなのだから、子供や孫の代までも心に残る祭りの形を考えては如何なものかと思う。

 

8月3日(水)晴れ 「日本一・長岡花火」

我が家のノライヌが長岡花火を観に行こうと言い出した。 人混みは苦手ときているが、連日あかり作りばかりではと、夏を堪能しようと家族と共に出掛けることにした。 事前調査をすればするほど交通手段、観覧席のことなどが不安になった。 なんたって総観客数は何十万人になってごった返すだろうし、帰りの新幹線は超満員になるだろうし、車は延々渋滞するとのこと。 不安要素が次々出てきた。 その上、先日の洪水で観覧席は全て水浸し、仮設トイレも半数以上流されたから開催も危ぶまれ、当日有料観覧席のチケットは発売停止と発表された。

会場不案内のまま新幹線で長岡に向かった。 駅に到着すると大雨。 真夏日の新潟からだから傘の準備などして来なかった。 空を見上げると通り雨のようだ。 駅から信濃川を目指して歩き、会場近くまで行くと雨も上がった。 座れそうな自由席を探して土手を歩いていると、フェニックス観覧席の当日券が売られていてた。 早速入手して観覧席に着いた。 会場は徹夜で排水をし、砂や石灰を蒔き、 再設置されたそうだが、いたる所に水溜りが残り足場が悪く、被害の大きさを物語っていた。

夜7時15分。 雨も上がり西の空は大きな太陽が沈み茜色の残照が微かに残る中、市民のメッセージ花火が上がった。 東日本大震災で恋人を亡くした仙台の男性のメッセージは人々の心を打った。 一昨日には石巻市で「長岡フェニックス」が打ち上げられ多くの被災者を励ましたという。 メッセージ花火の後は次々と超大型スターマインが上げられた。 今夜だけで一万発が打ち上げられるからアクビをする暇もマバタキをする暇もないくらい大空にはカラフルな大輪の花が咲き、その度に歓声や拍手が沸きあがった。 そしていよいよクライマックスのフェニックス花火が平原綾香のジュピターの曲に乗って始まった。 フェニックス花火は中越地震復興祈願の象徴として平成17年から打ち上げられている。 中越地震の折は連日ラジオからジュピターが流れた。 その曲に励まされて被災者たちは頑張った。 長岡市民にとってジュピターは特別な曲。 偶然とは言え、打ち上げ箇所15箇所打ち上げ長さ2.8キロのフェニックス花火を見るために設けられた特別席で、炸裂する度にズドーンという花火音をお腹で受け止め、破裂風を全身で感じ、首を横に振っても一度で視界に入りきれない3分間ものフェニックス花火を見ている内に、思い切って出掛けてきて良かったと至福感に包まれた。 横に居た長岡市民の女性グループに目をやると薄っすらと涙が・・・。 彼女達をはじめ長岡市民はこの花火を見る度に励まされ勇気を沸かして頑張っているんだろう。 彼女達に感想を伝えると満面の笑顔で「嬉しい!ありがとうございます!」と。 花火と共に長岡市民の優しさと強さに触れることができ、ほんとうに来て良かった!

 

今日は撮らないで観ることに専念。しかし、フェニックスだけは・・・。

コンデジでは入り切れませんでした。

 

7月30日(土)雨のち晴れ 「豪雨」

昨日から断続的にバケツをひっくり返した様な大雨が降り続いている。 テレビをつけると河川の氾濫や土砂災害のニュースが朝から引っ切り無しに流れている。 テレビ画面を見る限りでは、私の住んでいる所も大きな被害が出ているのではと心配して、朝から友人知人から引っ切り無しに電話が掛かってきた。

信濃川の最下流にある自宅は海抜0メートル地帯。(市街地は0メートル地帯が多い) 一昔二昔前だと、もろに被害を受けていただろう。 しかし、度々水害を起こし暴れ川と言われていた信濃川は、明治時代に大河津分水路が造られ、昭和に入って関屋分水路が造られ、信濃川が増水すると分水路から直接日本海に河水を流すようになった。 そのお蔭で、新潟市民(旧新潟市)は安心して暮らしている。

 

信濃川は泥色に染まり、木屑や大木、タイヤ、プラゴミ、板戸などが絶えず流れ、上流の被害の大きさの凄さをものがたっている。

 

7月27日(水)薄曇 「子供たちの夏休み」

6月のある日、滝谷の大慶寺の和尚さんから電話が入ってきた。 電話の向こうで、「あのーぉ、夏休みも近づいてきましたのでお願いしていました・・・」と。 一瞬何のことだかさっぱり分からなかったが、そう言えば一年前に、寺で行なう子供たちの禅合宿の折にあかり作りを教えて欲しいと言われていたことを思い出した。 その時も、重いドリルを持って細い枝に数ミリの穴を開けることは子供達には無理だし、材料も工具も調達できないから、あかり作りは無理でしょう。その代わりの何かを考えましょう、と返事をしたことも思い出した。 すっかり忘れていたからハタと困った。 しかし、次の瞬間パッと閃いた。 そして直ぐにチクチク刺し子作家の池昌子さんへ電話した。 「私が協力できることなら何でもいいよ」と快い返事が直ぐに返ってきた。 池さんとその仲間たちは3.11震災以降、被災地へ元気のでる刺し子の雑巾を1000枚作って送ろうと活動をされている。 今回その活動に子供達にも関わってもらってはどうだろうと閃いた次第だ。

 

池昌子さんとチクチク仲間のみなさん

本日、「こども禅の集い」一日目。 こども禅の集いは今年で11回目を迎え、毎年新発田市の同じ宗派の寺が協力して一泊二日の禅合宿をしているそうだ。 午前11時、会場の新発田市下中ノ目にある円福寺に到着。 既に子供達64名は集合し、間もなく本堂で禅が始まった。 その片隅で黙々と下準備。 昼食を子供達と一緒に取った後に、いよいよ体験学習、刺し子の雑巾づくりが始まった。 初めて針と糸を持った子。 縫い物はおばあちゃんに教わって得意だという子。 20X30センチのタオルに様々な色の糸が、ぎこちない手で縫われていく。 几帳面に小さな目で縫っていく子。 一目5センチの子。 直線に縫われた雑巾に、夕日と海を表現している子。 どの子も真剣。

完成させた雑巾は被災地に送りたいと希望した子供たちのものだけを受け取り、未完成のものや家族に見せたいと希望している子供のものは針を付けて持たせることにした。 帰路、車中で、チクチク仲間の皆さんも久々に大勢の子供達と触れ合って充実感に浸りながらもドット疲れが出ている様子。 ポツリポツリ感想がでる中、池さんが、「持って帰った雑巾を見て、お母さんたちは何て言うかしら?」 「誉めてやって欲しいわね」と。 昨今、親でも手仕事をしなくなっている。 今日の体験が手仕事の楽しさの切っ掛けになってくれると嬉しい。 見せたとたん、「何!それ!」と、だけは言わないで欲しい。     

 

 

  

  

 

7月24日(日)晴れ 「トンボ日記『水辺の詩』 開幕」

昨日から「トンボ日記『水辺の詩』 田中博の世界」展が柏崎市立博物館で始まりました。 

会期   7/23(土)〜8/28日(日)

田中さんは光学機器メーカーに勤務され、日頃超多忙な仕事をこなしながら休日に花やトンボなどの写真撮影をされていて、トンボは30年ものキャリアがあるそうです。 この度の企画が決まった2年前から田中さんの取り組みを拝見していて、同じ表現者としてとても刺激を受けていました。 一度撮影にも同行させて頂いたのですが、夏の暑い盛りに汗をダラダラ掻き蚊やブユに刺されながらも、良いショットを撮ろうとする集中力、粘り強さにはただただ頭が下がる思いでした。  好きこそモノの上手なれと言う言葉がありますが好きだけでできる仕業ではなく、トンボの生態の勉強もしての上の結果で素晴らしい写真を撮られています。

子供の頃からトンボが好きで、大人になってからは網をカメラに替えて撮影され、この度のトンボ写真は100点。 昆虫図鑑に出て来るようなカクカクしたような感じではなく、写真からメロディーが聞こえてきそうなエレガントなものばかりでした。 その上、生態もしっかり押さえた作品群ですから見応え充分。 常々田中さんのトンボの写真を見ているとアール・ヌーボーの世界を彷彿させます。

近年虫嫌いの子供達が増えています。 その原因を探ると大抵の場合、その子の母親が虫嫌いであることが多いですね。 物心ついた頃から子供に一番影響を及ぼす母親が、虫を見たとたんにキャーキャー騒いでいれば後は言わずもがなですよね。 今回の写真展は、そんなお母さん達をも惹きつけてくれそうな予感がします。 今回の写真展が切っ掛けでトンボに興味を持ち、ひいては身近な自然に関心を持ってもらおうとの願いが込められた柏崎市立博物館の学芸員の佐藤俊男さんの企画力に乾杯! です。 田中さんの写真に合せてトンボの意匠があしらわれた陶磁器、反物、刀の柄など貴重なものも展示され内容の濃い特別企画展へ、皆さんも是非お出掛けください。

23日の初日は東京からマイカーや大型観光バスをしたてて写真家、写真関係者の皆さんが来られ、夜は地元の方々も加わり100名もの盛大なオープニングパーティーが開かれました。 詳しくは田中さんのブログで。

      

トンボ日記「水辺の詩」会場 

 

オープニング・パーティー会場。

田中博さんとキャパ編集長・石田立雄さんを囲んで

「タマムシの撮影同行」

二日目の今日は午後から田中さんの講演に続き、自然写真家の海野和男さんの講演があります。 東京からの皆さんは午前中は地元の酒蔵見学が予定されており、私はホテルのチェックアウトまであかりの素材づくりや原稿書きをしようと準備してきたのですが、朝食のテーブルで海野さんと海野さんの元助手の昆虫写真家・高嶋清明さんがタマムシを撮影しに行こうと話しをされていたので、今回撮影をするつもりがなくてコンデジしか持って来なかったけど、あの美しいタマムシをぜひ見たい!願わくば撮りたいと、同行をさせて頂くことにした。

博物館のある赤坂山公園には大きな樹木が多くあり、ここでタマムシを見ることができるとのことで目を皿のようにして探した。 しかし、中々見つからない。 汗を掻き掻き探していると、さすが!先ず始めに海野先生が目ざとく見つけ、お二人共に飛翔のタマムシをバッチリ撮影成功。 コンデジしか持っていない自分は羨ましくその光景を眺めつつ、でもこの目で金属的な緑色に輝くタマムシをシッカと見て、探すコツが分かって、今日のところは満足。 滝谷にも居るかも分からない。 滝谷に帰ったら探しに行こう! 

 

お二人ともタマムシを探している姿は、やっぱり昆虫好き少年だ。

高嶋清明さん(左)と海野和男さん。

 

         

コンデジで撮れたのは羽化したてのアブラゼミとゴマダラカミキリムシ。 

光を透かして見るアブラゼミの羽は美しく、ゴマダラカミキリムシの点々は絶妙。

 

7月19日(火)曇り 「散歩に出れば」

この三日間制作に励んだ。 うっかりすると時間を忘れて座り放し。 我に返ると腰がギシギシと。 なるだけ腰に負担をかけないように正座をして作業をするようにしているけど、気がつけば右に重心を置いて横座りになっている。 一段落したところで部屋の中や庭を歩き廻って体のバランスを取り戻すようにしているけど、もうそのくらいでは効き目が無くなったので散歩に出掛けることにした。 家を出ると杉原さんのおっか様が草むしりの最中だった。年々体が利かなくなってきたと言っているが、暇さえあれば庭の手入れに余念が無い。 そんな姿を見るにつけ、自分はまだまだ頑張らなくっちゃ!と励まされる。

  

 

杉林の中に入って行くとアブラゼミからヒグラシの声に替わり、沢から吹いて来る風が家で感じたより一層ひんやりしている。 ギシギシうなっていた腰も右、左、右、左と歩を進めて行くうちに気持ち楽になってきた。 堤まで来ると一羽の鳥が池の枯れ木に停まった。 何気なくシャッターを切り確認すると、そこには何と!カワセミが写っていた。 あいにく望遠レンズを持ち合わせていなくて画面には小さな小さなカワセミしか写っていなかったけど、同じ時間帯に同じ枝に来ると聞いているから次回は成功させたい。

散歩で楽になった腰だが、まだ不十分。 既に制作の集中力は切れ、曇っていたこともあり、先日耕しきれなかった蕎麦畑を小さな耕運機で耕すことにした。 またまた右、左、右、左。 腰が楽になった頃には全身汗でずぶ濡れ。 今日もよく働いたと自分で自分を褒めていたら、帰路、お日様も誉めてくれたような素晴らしい夕焼けを見せてくれた。 残照が小一時間も残った珍しい美しい夕焼けをいったいどれだけの人が見たのかな?

 

こんな日も猫バス来てくれたらなぁ。

 

7月18日(月)晴れ 「フル回転」

梅雨明けと同時に連日真夏日が続いている。 気温は上がったが湿度は82%から68%に下がりカラカラとしていてとてもしのぎ易い。 朝から全ての窓を開け放すとセミの声と夏の風が部屋いっぱいに入ってきた。 ついでにと、古布をしまっている桐箪笥の引き出しを抜いて風通しをする。 テーブルクロスも箪笥に整理しているバスタオルも台所の足拭きマットも、洗えるものはなんでもかんでも次々に洗った。 今日は庵主よりも洗濯機の方が朝からフル回転で大忙し。  

 

日差しが弱まり始めた頃に蕎麦会のOさんが頼んでおいた石灰と肥料を運んできてくれた。 彼女と石灰を蒔き、一段落して、夕方、部屋が茜色に染まった。 慌てて外に飛び出すと夕焼け空がキレイ! 焼峰橋から加治川を望むと川も茜色に染まっていた。 今日頑張ったご褒美かな。

 

 

7月17日(日)晴れ 「やっぱり滝谷が一番!」

一日も早く依頼のあかりの制作にと滝谷へ入ってきた。 先ずは手持ちの蔓の確認。 間に合いそうなのでホッと一安心。 早速制作に取り掛かり一段落したところで散歩に出掛けた。 谷から渡ってくる風が涼しい。 プーンと湿った土の匂い。 数日前からクーラーの効いた部屋でそれなりに快適に過ごしていたけど、やっぱり自然の中の方が私には合っているようだ。

夕方、中々山集落に別荘を持たれたTさんから電話が入った。 今日湯平温泉に誘われていたのだが時間と体力のことを考えてお断りしていたのだ。 が、「これから家族で蛍を見に行こうと思って・・・」という連絡に私も同行することにした。 到着すると既にお嬢さんが必死に蛍を撮ろうと挑戦中だった。 一、二匹ぐらいかと思っていたら案外飛んでいた。 しかし、もう元気は既に無く、葉っぱの上で光を点滅させているか弱々しく飛んでいるだけだった。 「どう、上手く撮れた?」 「上手く撮れない」・・・。写真には写らなくてもクリスマスツリーの電球みたいに点滅している蛍を見て綺麗!キレイ!を連発している彼女を見ていると、滝谷に入って初めて蛍を見て興奮していたあの時の自分と重なった。 空は満天の星。 「折角だから星空を撮ってみたら」 「撮れるかなぁ」 「たぶん撮れると思うけど」「アッ!撮れたぁ〜!」 写真好きがまた一人増えそう・・・。

 

サルナシ  熟すとキュイーフルーツのような味と香り。

 

7月16日(土)快晴 「神様の指令」

電話が鳴った。 穏やかな声で「こんにちわ・・・」 その声は村尾先生で照明の打ち合わせの用件だった。 先日一回目の打ち合わせを建て主のIさんと村尾先生の助手のFさんと行なった。 Iさんの要望を聞いている内に家全体の照明のイメージが湧いてきた。 「風船が飛んでいる様な。雲が浮かんでいる様な感じだと面白いですよね」と言って、直ぐに後悔した。 何しろ今は時間が無さ過ぎる。 おまけに竣工は8月末。 自分で自分の首を絞める様な発言をしてしまったからだ。 慌てて「時間が無さ過ぎるうえに材料が足りるかどうか・・・」と伝えるとIさんから待ちますからと言われてしまった。 「蔓が間に合わない場合、蔓採りは冬にしかできませんから、それから作ると5月頃になりますけど・・・」 「良いです。それまでは裸電球で」とまで言われてしまうと断われなくなった。

今日は村尾先生と電気工事屋さんとの最終打ち合わせ。 配線の変更と光源の位置を次々決めて、ボソッと「私のことだから頑張っちゃうんだろうな」と呟いた。 すると聞こえたのか聞こえなかったのか「聞こえないかも分かりませんが竣工は8月末です。」と先生の声が。 「歳を取ると耳が遠くなるんですよね」と外を向いて私は呟いた。

私のあかりをと言ってくださる人がいる。 待ちますからとも言って下さっている。 誠にありがたいと感謝の気持ちでいっぱいだ。 しかし、余にも時間が無さ過ぎる。 「山姥魂を見せろ!」という神様の指令が下ったのか・・・。

 

 

7月15日(金)快晴 「パンドラの箱を開けたら」

引越しを切っ掛けに自宅では作品づくりをするのは止めようと思っていたのに、どうしても時間が足らない、時間がもったいないと、またまた自宅でも作品づくりを始めてしまった。 新潟は梅雨明け以来連日猛暑が続いている。 ハンダゴテを使っての作業をしているとダラダラと汗が出て来る。 昨年、夏が終わる直前に暑さに負けて生まれて初めてクーラーを買った。 早速使ってみると冷房の効いた部屋とクーラーの設置していない部屋を行ったり来たりするだけで気持ちが悪くなって直ぐに使わなくなった。 今年になってまたしても暑さに負けてクーラーのスウィッチを入れてしまった。 すると狭い自宅では各部屋の扉を開けておくだけで一台のクーラーで涼しくなった。 なんて快適! こんなに快適ならばと、世間では節電を叫んでいるのに、今まで節電していたんだからと在宅の時は一日中クーラーをつけ扇風機を回している。

明日は私の写真作品集の編集をしてくださった写真家・北井一夫さんの個展の初日。 オープニングレセプションが夜7時から始まる。 是非駆けつけたいと新幹線のチケットも手配した。 せっかく上京するのだからと個展会場近くの美術館を巡ろうと数箇所ピックアップして寝た。 

目が覚めると既に太陽がギラギラ輝いていた。 テラスに出て外気にあたっただけでヘタヘタしてきた。 指定席を取った電車が出発する時刻になってもまだ自宅でグズグズ。 次の電車も見送り、やっとのことで午前中の新幹線に乗ってイザ東京へ。 出発が遅くなった分、事前に調べておいた美術館廻りは一箇所のみに絞り、東京都庭園美術館へ。 アールデコのこの美術館は東京にある美術館の中で一番好きな美術館だ。 昨日から始まった「皇帝の愛したガラス展」をゆっくり鑑賞し、麻布をブラブラしながら個展会場の六本木へ。

土地柄か会場には外国人の人達も多く、レセプションが始まるまでその人達とお喋りしていたら我が娘、ドラネコの大学の先輩にあたる人がいて、なんと!世間は狭い、世界は狭いと驚いた。 レセプション時刻が近づくに連れて美術関係者、画商、 コレクター、アーチスト、写真家など多くの人達が集い始めた。 その輪の中でも目立ったのが、気負わない気取らない穏やかな北井さんの人柄と実力に魅かれて集まった若き写真家たちだった。 その若き写真家たちがチャンスを掴んで大きく成長するようにと分け隔てることなく次々に紹介されている姿を見て、来て良かった!と思った。 年齢を重ねていくと美味しいものを食べるよりも、高価なものを身につけるよりも、品格を持った素晴らしい人生の先輩に出会える ことが一番の喜びだ。 写真には撮った人の人柄がでると言われるが、北井さんの作品「湯治場」は大らかに明るく過ごしている40年前の日本人がいる。

それにしてもクーラーという文明の利器の味を知ってしまった私はこれから・・・。 

  

禅フォトギャラリーのオーナー、マークさんと北井一夫さん

北井一夫写真展 「湯治場」 7/15〜7/31

禅フォトギャラリー 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル208

 

7月10日(日)晴れ 「夏だ〜!蕎麦だぁ〜!」

さすがの滝谷でも朝からジリジリムシムシする梅雨が明けたような真夏の天気です。 このような天気を迎えると蕎麦作りのスタートです。 梅雨入り前に草刈りをして置いたので草刈りはさほど大変ではなくス ムーズに捗りました。 それでもメンバーの上着はみな汗びっしょり。 持ってきた水は瞬く間になくなりました。 昨年までは大型耕運機で星さんが耕してくれていましたが、今年は草刈りが済んだ所から小さな耕運機で土を耕しました。 今更ながら星さんには大変助けられていたことを実感しました。

  

 

7月8日(金)薄曇 「恐る恐る上京」

寒さにはめっぽう強いのですが暑さには弱くて、夏に湿度の高い日本をウロウロするのは避けています。 特にゴミゴミした東京は。 しかし、今日はどうしても上京しなくてはいけません。 今、写真作品集づくりに取り掛かっていて、出版社での編集会議に出席する為です。 汗っかきの私。 藍染のタオルを首に巻き、扇子を持って日傘も持って朝早い新幹線に乗りました。

地下鉄新中野駅から地上に出ると・・・ふむ?・・・思っていたほど暑くない。 居合わせたご婦人と目が合いました。以心伝心でしょうか、「この辺りは新宿の熱気が吹いて来るのでいつもは暑いんですよ。 でも今は節電のお蔭かエアコンの室外機の排熱が少しは減っているからでしょうかね」と、感じていることは同じでした。

編集会議は順調に終り、暑ければ直ぐにでも新潟にUターンしようと思っていましたが、そう暑くもなく元気も残っていましたから私の本のデザインを担当してくださるデザイナーのTさんを誘って麻布十番へ向かいました。

麻布十番にある「Blue&White」は前々から訪ねてみたかったお店。 そこのオーナーのえいみーさんは、是非お会いしたかった人でした。 ラッキーにもえいみーさんも在店されており色々お話しを伺うことができ実り多い上京でした。

写真作品集は今冬、冬青社から出版することになりました。 これからは校正、色校などの段階を踏むそうです。  自分の写真が作品集になることが、まだピンと来ていないところもある未経験の領域ですが、冬青社の社長、高橋さんが的確な指示を出してくださいますのですっかり安心しています。 「色校の段階に入ると体重が2〜3キロ落ちますよ」と言われたのだが、私の場合どうかなぁ。 でも、一つひとつの段階を大切に過ごしていきたいと思っています。

 

   

えいみーさんが出版された「お多福」 とても素敵な本です。

7月5日(火)くもり時々晴れ 「滋養」

今日も気温はそう高くないのですが湿度は80%を越え、動き回ると汗がタラタラとでます。 杉原さんのおっか様の所に散歩の途中に立ち寄ると、「これ、少しだけど」と手作りの胡桃キャンディを頂きました。 即、その場で一つ口の中に。 甘ったるくなく美味しい!

おっか様は今年で87歳。 大きな屋敷を一人で守っています。 花好き、キレイ好きで庭の手入れに畑仕事に手仕事にと絶えず体を動かしたり手を動かしたりしています。 しかし近年、足をくじいてからは外仕事が辛くなったと言い、そのぶん家の中でお料理に精を出しています。 今日の胡桃キャンディーも昨年収穫したクルミを割って作ったものです。 とても手間隙がかかりバタバタしている私はお相伴に預かるだけ。 自然からの恵みを余すことなく活用する生活が身についているとは言え、頭が下がります。 「手間隙がかかるのに・・・」と言うと、「少しでも滋養のあるものを摂らなくてはね!」って。 そう、栄養のあるものではなく滋養のあるものなんですよね。 言葉の意味は同じかもしれませんが、滋養の方が体の芯まで届きそうに感じませんか?

 

         

滋養のある胡桃キャンディー。  87歳になってもお洒落でステキなおっか様。

     

 

7月4日(月)雨 「蛍に恋して」

「まるで蛍の墓のワンシーンみたい」とTさんの息子さん。 「あんなに高い所まで飛ぶんですね。」と奥様。 「いい所を教えていただきました。」とTさん。 先日、世田谷にお住まいのTさんから「ホタルポイント を教えてください」とメールが入ってきました。 「妻とのデートポイントにしたいから・・・」とも。 焼けるね。教えるの止めようかナ?な〜んて了見の狭いことを言ったら山姥の名がすたるから一番お気に入りのポイントにご案内しました。 

Tさんは「田舎暮らし」と「星空」で我がホームページにヒットし、滝谷も含む下越の様子を見に来られ、気に入って、即、中々山集落(滝谷への途中)に別荘を買われたのです。 定年退職後は奥様と二人で越してこられるとのことで 滝谷家族も同然。 10年間滝谷の仲間づくりを目的にホームページを更新してきましたが、甲斐がありました。

今日は昼過ぎから何度もスコールのような大雨が降りましたが、蛍が飛び始める時間にはピタッと止み、今年一番の蛍の乱舞を観ることができました。 「中矢さんは晴れ女ですね」と言われましたが、今夜はTさん家族の熱い想いが通じたのだと思います。 山大好き!自然大好き!なご家族と出会うことができ、今夜は私にとっても素敵な一夜でした。 Tさん。これからもよろしくお付き合いください。この地域をもっともっと楽しい地域にして行きましょう!

  

 

7月2日(土)晴れのち曇り 「当たり前の光景がなくなる時」

梅雨の真っ只中に入り湿度がグングン上がっています。 一雨ごとにミョウガの葉が大きくなってきました。 今の時期はオタマジャクシからカエルに成りたての尾っぽのついた赤ちゃんアマガエルがミョウガの葉っぱの上に沢山とまっているのですが、今年は砂防ダム工事の為にカエルの住処が壊され一匹もとまっていませんでした。 今までは余にも当たり前の光景でしたが・・・。

村のじっちゃん達は、「裏山は村を守っている大切な山だったんだよ。100年以上何事もなかったのに・・・。」と言っていました。 崖崩れもなく鉄砲水も出た事のない山を、崖崩れ危険地域と判断して木を切り倒し山を削り三箇所も砂防ダムを造っています。 何故こんなことになるのか政府の考えることは理解できません。 

焼峰山林道入り口脇の砂防ダム工事の現場。 星さんが丹精込めて作ったハスと睡蓮の池は潰されてしまい、トンボの姿も見かけなくなりました。 毎年産み付けていたモリアオガエルの卵もありません。

村の入り口の元田んぼがあった所。 数は昨年より増え、目で見ると幻想的でキレイなのですが街路灯の光が邪魔して撮影には向きません。 佐久間のじっちゃんはホタル好きで、今夜もホタルを観に来ていました。 毎日記録をつけているそうです。

 

ヤマアジサイがようやく色づきました。

ホタルが飛ぶ頃に必ず咲くホタルブクロ。

クリの花は独特の匂い(臭い)です。

今まで一度も見たことがなかったのですが、堤の池に大きな鯉やヤマメに似た魚が泳いでいました。

 

月兎庵日記 TOP

Home